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アルカナの墓標

生存報告

メリー停止線

1月7日はロシアではクリスマスだった

そんなことを言う相手もいなければ粥もない

ごく普通の土曜日

 

「これ以上は考えても仕方がないし脳にストレスをかけるだけだから止めておきなさい」というプロレスの電流有刺鉄線みたいなものが宗教なのかもしれない

ゼル伝・時オカの説明書に「【警告】ゾーラの服を着ないでヘビィブーツを使わない」という記述があったが(ちなみに【警告】は「あやまった取り扱いをしたときに死亡や重症などの重大な結果に結びつく可能性がある」ので「安全のため必ずお守りください」とも書かれていた。ゲームキャラクターの死の可能性についても警告しなければならないのかと驚愕した)、

おそらく「【警告】思考力が足りないのに悩んではいけない」という説明書が聖書とかお経なのだと思う

補足すると「ゾーラの服」は水中で呼吸ができるアイテム、「ヘビィブーツ」は水底を歩けるアイテムで、ヘビィブーツのみで水中に入るとすぐに酸素ゲージが減少し主人公が死亡(ゲームオーバー)する

 

旧約聖書だったか外典だったかに、預言者の「神の国が来ないのはなぜか、ユダヤの栄光が示されるのはいつなのか」という問いに天使が「一生に10人子どもが生まれるよう定められている女が一度に10人孕めないように、順々に明らかになってゆくのだ」みたいな答え方をするシーンがあったような気がする

人生の苦しみも一度に10対応することを想定するととても耐えられそうにないが、一つずつ当たっていけば案外何とかなるのかもしれない

ほら、お腹を痛めに痛めた子の方が可愛いというし

 

比較的に精神が安定していた一日

 

追記:

旧約聖書外典「第四エズラ書」5・41〜

そこでわたし(=預言者エズラ)はいった。

「けれども、主よ、あなたは終りのときに生き残るものには会おうとなさいますが、わたしたちの先祖や、わたしたち自身、そして子孫の世代の人びとはどうしたらよいのですか」。

すると彼はわたしに答えた。

「わたしはわたしの審判を一つの環にたとえてみよう。最後の者にとっても遅いということがないように、最初の者にとっても早いということはないのだ」。

「それでは、あなたの審判を早くするために、先の世代の者も、今生きている者も、後に来る世代も、みな一時に創造することはできなかったのですか」。

「創造のわざは創造主より早くすすむことはできないし、この世界は、つくられたすべてのものを一時にうけいれて保持することはできないのだ」。

「けれども、主よ、あなたはおつくりになったすべてのものに一時に生命を与えると、このしもべにおっしゃったではありませんか。そうだとすれば、たしかにすべての被造物は一時に生命を与えられ、この世界もそれらをすべて保持することができるはずです。何故いま、この時にそれができないのですか」。

「女の胎にきいてみるがよい、『お前に十人の子を生む力があるなら、どうして一人ずつ生み出すのか」と、そして、十人の子どもをいちどに生むことを求めてみなさい」。

「そんなことは無理でございましょう。やはりひとりひとり定められた時に生まれるほかないと思います」。

「それ見ろ、わたしもこの大地を、それぞれ定められた時に生まれてくる者たちの母胎として造ったのだ。幼い子供は子を生む力はないし、年老いた女も子を生むことはできない。それと同様に、わたしはわたしの創造した世界を一定の時期に分けたのだ」。